スプラトゥーンとの縁
スプラトゥーンは友達と一緒に遊べるし、自然とDiscordサーバーやLINEグループ、Facebookグループ、Twitterなどのコミュニティも形成される。ひょんなことから、何人かのスプラトゥーン仲間とも知り合うことができた。
あの頃は本当に楽しかった。今振り返ると、さすがにやり込みすぎただろうと思わず笑ってしまう😂。でも仕方ない、このゲームにはそれだけの“中毒性”があるのだから。
ゲームで知り合った人たちとは、意識して現実生活と線引きをするようにしていて、プライベートなことにはできるだけ踏み込まないようにしている。それはネット上での基本的な自己防衛策でもあるし、相手のプライバシーへの敬意でもある。それでも、ゲームを通じて多かれ少なかれ友達はできるし、この広い世界の中で巡り合えたこと自体が一つの縁なのだと思う。
振り返ると可笑しいのだが、2017年に日本で『スプラトゥーン2』を見かけ、面白そうだと思ってそのまま購入した。最初の頃は『スプラトゥーン2』がオンラインマルチ対戦ゲームだとは知らず、ヒーローモードを何ステージか遊んだだけで画面酔いして単調に感じてしまい、それ以来起動することもなくなっていた。
2020年になって日本の同僚からスプラトゥーンに誘われて初めて、対戦こそがこのゲームの醍醐味であることに気がついた。それにヒーローモードも実はすごく面白いとわかり、すっかりハマってしまって最終的にはDLCまで購入した。
2の時代は対人戦をほとんどやらず、主にサーモンランばかり遊んでいた。ちょうどその頃、新しく入ってきた上司のBさんと話していて、彼も娘さんと一緒にスプラトゥーンを遊んでいることを知った。たまに夜になると一緒にサーモンランをやったりナワバリバトルをしたりした。同じプロジェクトのエンジニアもスプラトゥーンのプレイヤーで、2でウデマエXまで上がった猛者だった。仕事終わりにたまに対抗戦をやったりもした。この文章を書いていると、当時みんなで一緒に遊んでいた時間がふつふつと思い出されてくる。
最初の頃はほとんどソロプレイで、たまに身近な同僚とナワバリバトルやサーモンランをする程度だった。ブキ編成が良いときにはカンスト(999)を目指してみたりもした。『スプラトゥーン3』になってからは、いろんなSNSを通じて一緒に遊ぶ仲間を探すようになった。台湾に帰国してからも、スプラトゥーンを愛する何人かのプレイヤーと実際に会ってご飯を食べに行ったりもした。
面白かったのは、ある日本人がグループに参加してきたことだ。その人は中国語が分からなかったが、みんな多少なりとも日本語ができるし、Discordの翻訳ボットも使っていたので、コミュニケーションは何とかなっていた。お互い身振り手振りのようなやりとりをしながら、日本人と一緒に遊ぶ空気感は本当に楽しかった(その後、何らかの理由でグループを抜けてしまったようだが)。
ゲームを通じて友達を作るのは、自分のエコーチェンバー(同質的なコミュニティ)から抜け出す良い方法だと思う。みんな職種も育ってきた背景も全然違うからだ。中には車を買って、家を買って、子育てして、仕事して、試験勉強や論文執筆までこなしながら全ステカンスト(999)を達成している人までいて、本当に頭が上がらない。僕なんかは仕事かゲームのどちらか一方しか選べないし、どちらもごく平凡な結果にしかならないのに。
ブキのバランス調整やマッチングシステム、ラグ、スペシャルのぶっ壊れ性能などによく文句を言ってはいるが、全体としてはやっぱりこのゲームが大好きだ。その世界観、音楽、アートスタイル、ハイセンスなギア構成など、どれをとっても素晴らしい。
結局のところ、この広大な世界で一緒にゲームができるというのはかけがえのない縁だし、僕にとっても見聞を広め、いつものコミュニティの外に出る素晴らしいきっかけになっている。すべてを忘れてしまう前に、こうして書き留めておくことにする。
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