ちゃんと生活を記録しておこう
十年前、屋上の増築部屋に住んでいた頃に弾き語りをしていた動画が出てきた。
もし本当に若い頃の自分に何か助言をするなら、たぶん「ちゃんと生活を記録しておけ」だと思う。
今この動画を見返すと、いろいろな記憶が一気によみがえってくる。当時は台北のぼろアパートの屋上増築部屋に住んでいて、台風の日には部屋の床に 0.5 センチくらい水がたまった。トタン屋根に雨粒が当たる音は耳をつんざくほどで、夜はまったく眠れなかった。あの頃は服を買うお金さえ、できるだけ節約しようと考えていた。
今あらためて見ると、たまにこう思う。もしあのまま音楽の道を進んでいたら、今の自分はどうなっていたのだろう、と。
考えてみると、進まなくてよかった。そうでなければ、たぶんとっくに飢え死にしていた🥲
音楽の道を本気で進むかどうか考えたこともあったけれど、家の事情がそれを許さなかった。人生には多くの選択肢があるとはいえ、お金がないとひどい決断をしてしまうことが多い。最終的にいちばん勝算の高い学科(情報管理学科)を選んだ。大学一年になったばかりの頃、僕はソフトウェア開発にまったく興味がなかった。ただ人気の学科だったのと、高校で電子科にいたときに関連する知識を少し学んでいただけだ。二年生になって生活の不安に直面して、ようやく真剣に勉強せざるを得なくなった。
この録音は高校生のとき、好意を持っていた女の子にプレゼントを渡したくて、一時間 1500 元の録音スタジオに行って録ったものだ。スタジオに入るのは初めてで、当時の僕は一時間で作品を録りきれないのではないかと、ひどく緊張していた。
スタジオにあったのは電子ピアノで、タッチのある電子ピアノに触れるのは初めてだった。家のピアノとは感触が違って、慣れるまでにしばらくかかった。何度も練習してきたはずなのに、実際に弾くとうまく鳴らせない音がたくさんあった。
エンジニアは最初、この曲は 3/4 拍子だから一拍目にアクセントを置くと全体がよく聞こえる、と親切に教えてくれた。そのあとも何度も弾いたが、毎回どこかで間違えた。
僕はとても落ち込んだ。あれだけお金を払って、実際にスタジオに入って初めて、自分の思いどおりにはいかないと知った。指が自分のものではないみたいだった。時間が来ても曲にはミスがたくさん残っていて、あとの編集に頼るしかなかった。エンジニアもミスの部分をできるだけ小さくして、つなぎが不自然にならないように力を尽くしてくれて、最後に CD に焼いて渡してくれた。
ちょうど VOCALOID が大ブームだった時期で、この「Just Be Friend」もその一曲だ。僕が弾いたのは marasy8 のアレンジ版。
高校時代の僕は大きな受験のプレッシャーの中にいて、家族や同級生、塾の期待を背負って、勉強するのがとてもつらかった。niconico で歌い手(天月、少年 T、鎖那など)がボカロ曲を歌うのを聴くことと、部屋にあるピアノが僕の救いだった。当時は日本語がまったく分からなかったけれど。
音楽のバックグラウンドも人脈もない状態で、指導もなく自分で少しずつ手探りして資料を探し、それなりに弾けるようになった自分には感心する。この経験が、日本語を学び始めて日本で働くきっかけにもなった。
学生時代と比べると、今の生活は悩むことが多くて、「この曲をうまく弾きたい」とだけ思っていられる余裕はない。でも、昔の自分が無邪気に録音スタジオへ突撃したり、大胆にも美麗島でピアノを弾きに行ったりしていたのを見ると、あの頃の無邪気さと衝動をもう一度探してみてもいいのかもしれない。
若い頃の衝動と青さはもうないし、あの時期に戻れと言われたら絶対に嫌だけれど、たまに思い出すと懐かしくなる。だからみんなに共有したい。
ソフトウェア開発の変化は大きいが、あのときこの道を選んでよかったと思っている。経済的自由はまだ遠いけれど、少なくとも生活費をまかなえて、自分で楽器を買ったりレッスンを受けたりできる。