· 8分で読了

RSSルネサンスとアテンション権

この記事は中国語から自動翻訳されたものです。翻訳によりニュアンスが失われている場合があります。

このタイトルは、WIREDの記事「It’s Time for an RSS Revival」に由来している。

インターネットが台頭し始めた時代(およそ1999年から2009年頃)、僕はまだ小中学生で、インターネットやブラウザへの理解といえば「Webページを見るだけ」のものだった。Web開発の世界に足を踏み入れて初めて、RSSフィードがいかに偉大な発明だったかを知った。

1999年の時点で、Webページの内容を統一フォーマットで配信し、他のWebページからも取得できるようにするという発想があったこと自体、本当にすごいと思うし、インターネットが持つオープンで共有を重んじる精神にもぴったり合致していた。今振り返ると、ひどく皮肉な話ではあるけれど。

僕と同じように、あの素朴で飾り気のなかった時代を時々恋しく思う人はいないだろうか。

現代の多くの人にとって、情報源は主流のソーシャルメディアになっている。能動的に情報を取りに行くのではなく、受動的に情報を受け取るようになり、Facebookをスクロールし、次はInstagram、さらにThreadsと指を動かし続ける。しかもアルゴリズムは、ユーザーをより中毒にさせようと仕組まれている。プラットフォームの目的は、滞在時間を少しでも伸ばすことなのだから当然だ。

正直に言うと、僕もかなり毒されている。動画やタイムラインをぼーっと眺めているうちに、あっという間に時間が溶けてしまう。アルゴリズムを自分好みに飼いならそうといくら努力しても、見たくもないくだらない動画――コーラにメントスを入れる動画とか、ピンポン玉をコップに投げ入れる動画とか、女子高生が愛嬌を振りまいて踊る動画――が時折紛れ込んでくる。

確かに見ていて楽しい動画もあるけれど、その楽しさはごく一過性のものだ。中毒性の高いくだらない動画を一度見てしまうと、次を、その次を、さらにその次を…と際限なく期待してしまう。

閉鎖的なソーシャルメディア

FacebookでもInstagramでもTwitterでも、投稿内容を見ようとしたとき、ログインしていないと見られなかったり、一部分しか表示されず、コメントや全文を見るにはログインを求められたりすることがある。

これはSNSを使っていない人にとっては非常に厄介な仕様だし、コンテンツがプラットフォームの中に囲い込まれてしまっている。かつてのインターネットの理念とは完全に逆行している。

Netflixに『監視資本主義: デジタル社会がもたらす光と影(原題: The Social Dilemma)』という、僕の好きなドキュメンタリーがある。ソーシャルメディアのアルゴリズムや「いいね」の仕組みが背後でもたらす影響について描いた作品だ。

その中で、強く印象に残っている言葉がある。

顧客を「ユーザー」と呼ぶ業界は2つしかない。違法薬物と、ソフトウェアだ。

否定できない事実として、僕自身もSNSを通じて何人かの良い友人と出会い、ご飯を食べに行く仲になったりもしている。ソーシャルメディアがもたらす人と人とのつながり自体を否定するつもりはない。けれど、こうしたプラットフォームの本来の目的を正しく認識し、その便利さを享受する代償として何を犠牲にしているのかを見極める必要がある。

スマート・ソーシャル

君のWebサイトはRSSに対応しているか?

では、ソーシャルメディアの呪縛から逃れるにはどうすればいいのか? 答えは至ってシンプルで、**「コンテンツをソーシャルメディアだけに置かない」**ことだ。

自分のコンテンツはブログに書こう。できれば自分自身のドメインとサーバー(レンタルサーバーを含む)を用意するのがベストだ。そうすればアルゴリズムの制限を受けることもないし、良質なコンテンツがプラットフォームの中に閉じ込められることもない。

もう1つの方法は、Mastodon や Bluesky のような開放性の高いプラットフォームを採用することだ。Mastodonならサーバーさえあれば誰でも自分の空間を立ち上げられるし、BlueskyのAPIは完全無料で、AT Protocol を使って投稿通知をリッスンし、自分のサービスに統合することだってできる。

そしてもう1つ大事なのが、可能な限りRSSのサポートを追加することだ。僕がブログやコンテンツ中心のWebサイトを作るとき、真っ先に考慮するのがRSS対応であり、それも可能な限り「全文配信」にすることだ。RSSの中には、あえて記事本文を途中で切り落とし、続きを読むには元のサイトへアクセスさせようとするものもある。

個人的に、このやり方はあまり好きではない。RSSを購読する大きな理由の1つは、「自分がコンテンツを消費する方法を自分でコントロールしたい」からだ。それはDiscordかもしれないし、何らかのRSSリーダーかもしれないし、あるいはターミナルかもしれない(まあ、ターミナルは極端だとしても)。それなのに全文が読めないとなると、結局ブラウザでWebサイトを開く羽目になる。

お気に入りのサイトがRSSに対応していなかったらどうするか? オープンソースソフトウェアの RSSHub がまさにその解決策だ。データの生成ルールを自分で定義すれば、RSSHubがRSSフィードを生成してくれる。

好きなクリエイターを見つけたら、その人のRSSフィードを購読しよう。もしRSSがなければ、「RSS対応は本当に重要だ」とメールを送ってみるのもいい。それは同時に、ソーシャルメディアによる支配から自分を取り戻すことでもある。

有名なサービスとしては inoreader や feedly があり、使い勝手も悪くない。もし僕のブログや記事を気に入ってくれたなら、ぜひRSSで購読してみてほしい!

RSSの理想と現実

RSSは突き詰めれば単なるフォーマットの規格に過ぎず、配信されたXMLファイルをRSSリーダーが取得してUI上に表示するのを待つだけだ。

こうしたシンプルな設計は、現代においてはやや力不足な面もある。今のWebページはインタラクティブな要素が非常に多く進化しているのに対し、XMLで表現できる表現力には限界があるため、テキストや画像だけにとどまらないリッチな記事では、どうしても可読性が犠牲になってしまう。

また、情報量が爆発的に増え続ける中で、RSSリーダー側にフィルタリングや分類機能、さらにはAI要約などが備わっていなければ、結局コンテンツの海に溺れてしまうことになる。フィルタリング自体もある種のアルゴリズムであり、何の選別もなければ、目の前に広がるのは膨大なコンテンツの山だ。

それでもソーシャルメディアと決定的に違うのは、選別の条件を自分で決められる点であり、コンテンツの海そのものも自分が選んで購読したRSSソースだという点だ。たとえすべての記事を読みたいわけではないにしても、少なくとも自分自身の手で一度スクリーニングを通したコンテンツなのだ。

では、質の高いRSSの購読源はどこで探せばいいのだろうか? 結局またソーシャルメディアという大海原から探す羽目になるか、RSSリーダーがその役割を果たしてくれることを期待するしかないのかもしれない。僕が思う最善の方法は、自分自身も良質なクリエイターになることだ。そうすれば自ずと、同じように良質なクリエイターが集まってくるはずだ❤️。

Follow

Follow は現在開発中のRSSサービスで、開発者の DIYGod 氏はRSSHubやxLogの作者でもある。最近Twitter(X)でかなり話題になっていて、招待コードを求める人が続出している。(実を言うと、僕もTwitterで見かけてこのサービスの存在を知った😂)

一般的なRSSリーダーによくある機能に加え、仮想通貨をインセンティブとして配布する仕組みがあり、UIの見た目もかなり洗練されている。僕自身はまだ使ったことがないけれど、正式リリースが今から楽しみだ!

アテンション権への対抗

僕はleafwindが書いた「第六の権力(第六權)」という記事がとても気に入っている。そこにはこう書かれている:

もし第四の権力や第五の権力が「自由にコンテンツを発信する権利」だとするなら、第六の権力(アテンション権)とは「自分が見るものを自分でコントロールする権利」である。そしてアテンション権の喪失こそが、現代のメディアが直面している最も深刻な問題だ。

記事の中では具体的な実践方法についても触れられているので、ぜひみんなにも読んでみてほしい!

Twitterはかつて僕が最も好んで使っていたSNSだった。気軽に愚痴をこぼしたり、ツッコミを入れたり、技術や思考をシェアしたりできた。けれど今のタイムラインは、広告や人の目を引くためだけの質の悪いショート動画で溢れかえっている。それなのに、僕はつい無意識にタップして見てしまう。SNSに何か投稿すれば、「いいね」の数がどうしても気になってしまう。

僕はこうした有害なアルゴリズムやプラットフォームから距離を置きたいし、この問題に気づくことがどれほど重要かをみんなにも伝えたい。普段目にしているものは、長い時間をかけて自分の思考へと内面化されていく。SNS上に流れる誰かの華やかな生活を見て「自分はなんてダメなんだ」と落ち込んでしまうこともあるけれど、誰しもが人生の難題を抱えているという事実を、僕らはつい見落としてしまう。

最後に、僕が去年から少しずつ実践していることがある。それは、ずっと憧れていた開発者やクリエイターにメールを送り、交流することだ。そうした声を届けることで、応援してくれる人がいると実感してもらえるし、それは創作を続ける上で非常に大切な原動力になる。僕自身、受け取ったメッセージの数は決して多くないけれど、感謝の言葉をもらったり、自分の書いた記事やサービスが誰かの役に立ったりしたと知る瞬間は、本当に何物にも代えがたい喜びだ!

関連記事

他のトピックを探索