音楽は聴くだけなら努力はいらない
# 雑談子どものころ、母親に半ば強制される形でピアノを習い始めた。
最初は先生について学び、途切れ途切れではあるが何年も続けた。大人になってからようやく、子どものうちに楽器に触れておくことがいかに幸せで貴重なことかを知った。時間が有り余っているだけでなく、子どものころから積み上げたものと、大人になってから改めて学ぶ感覚はまったく違う。
当時の僕は楽理なんてさっぱり分からず、ただ純粋にピアノを弾くのが好きだった。その後、中学でひょんなことからギターを習い始め、これも一年ほどだったが、ストロークとコードを覚えて五品戦士になった(前5フレットで押さえる型しかできない)。それからこれも半ば強制でハーモニカを習わされ、やっているうちに複音ハーモニカまで吹けるようになり、さらにクロマチック・ハーモニカも一つ持っていた。
当時『ピアノの森』を見て大きく感動し、モーツァルトの K535 ソナタの第3楽章の練習に走ったのを覚えている。三か月以上練習して、ようやく形になるかどうかというところまでいった。
中学のころは、もし音楽科に進めたらと夢見ていた。でも音楽科は学費が高く、家計では到底まかなえなかったし、才能がなければ食っていけないかもしれない。だから結局、より現実的な進学の道を選んだ。
高校に入ってから、巨大な受験のプレッシャーの中で、ピアノは僕の救いになった。
毎日放課後に数時間練習してから勉強を始めていた。あのころ僕は niconico が好きで、特に猿で有名な marasy8 をよく見ていた。SLSMusic と同じく、彼はよくアニメソングを編曲していて、ピアノも非常に卓越していたし、アレンジもめちゃくちゃ良かった。だから僕はよく、他の人が書いた楽譜を探してきて、そのまま弾いていた。
高校の僕が、なぜ軽音部やギター部に入らなかったのかは今でもよく分からない。その理由の一つは、たぶんエレキギターとアンプを買う金がなかったからだろう。
大学に入ると、僕は音楽への熱量をそれほど持たなくなった。ひとつには、高雄から台北へ来たあと、下宿にピアノがなかったこと。もうひとつには、だんだん熱が冷めていったことだ。とはいえ大学ではピアノサークルに入り、発表会で何曲か弾いた。
好和弦のチャンネルに影響されて基礎楽理を学び始め、大学卒業後には Roland FA-06 を買った。音色を研究しながら、作曲のやり方も学んだ。ところが、下宿があまりにも狭くて置けなくなったため、その後は一度も取り出すことがなく、最終的に売ってしまった。
楽理も同じだった。動画はたくさん見たのに、まったく応用できない。自分で書いたひどく単調なフレーズを聴くたびに、自分には才能がないのではないかと思ってしまう。藤井風みたいに音楽一家に生まれていたらよかったのに、と何度も考えた。
今でも、たっぷり時間があってピアノを練習していたあの頃の自分がうらやましい。あれは人生の中でもかなり暗い時期の一つだったが、若いうちにピアノを練習できたことがどれほど貴重だったか、僕は今になってようやく分かった。
僕が本当に衝動買いでエレキギターを買いに走ったきっかけは、アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』の後だった。
当時はまだコロナ禍で、アニメを見て深く感動し、エレキギターの音色って本当に素晴らしいと思って、YAMAHA の PACIFICA を一本買った。この熱量はしばらく続いたが、やがてまた消えてしまった。エレキギターをもう一度手に取ったのは Refresh 休暇だった。会社に5年勤めると取れる10日間の特別休暇で、東京の御茶ノ水まで行って Fender Stratocaster を買った。
もう一つのきっかけは、7月に音楽学校 ESP 福岡校のエレキギター体験授業に参加したことだ。ESP は有名なエレキギターブランドで、ギターをやる人なら一度は ESP を持つことを夢見たことがあるはずだ。学校は天神の近くにあり、交通の便もかなりいい。
エレキギター専科のほかに、作曲、録音ソフト、ボーカルにも対応した専科がある。舞台、照明、音響などの舞台裏の仕事にも対応した専科があり、在学中には自分の専攻以外の授業にも申し込める。
体験授業の冒頭では、同校出身の学生バンドが演奏した。舞台、照明、音響まで全部学生が担当していた。正直、僕はその演奏を聴いている間、心の中が無限の感動で満たされていた。バスドラムが直接心臓まで響いてきて、ステージの上の若者たち(ほとんどが高校生か大学生)が自分たちのオリジナル曲を歌っている。ギターを弾く人の全身全霊の入り込み方を見ながら、僕は思わず客席で自分がステージに立つ姿を想像していた……。
「もしステージで演奏できたら、どれほどいいだろう」
演奏が終わると、先生が僕たちを教室へ連れて行って体験授業をしてくれた。とくに印象に残っているのは、学校の練習室にそのまま入り、何人かの高校生と一緒に少しだけ Ensemble したことだ。生演奏は動画に合わせて弾くのとはまったく違う。相手のテンポに常に合わせなければならないし、とくにドラムの安定感は本当にバンド全体の魂だ。
僕のギターはまだまだ下手で、ぎこちなくしか弾けなかった。でも僕はあの感覚がとても好きだった。最近の僕がもっともフロー状態に近づいた瞬間であり、僕が追い求めたい目標の一つでもある。
音階、運指、ギターテクニック、作曲、編曲、コード、どれも僕はゆっくりとしたペースで学んでいる。ギターが超うまくて超すごい高校生を見ると、どうしても羨ましくなる。子どものころからエレキギターをやっていればよかった。家が音楽一家だったらよかったのに、と。
こういうのは後からなら何とでも言える話だ。もし当時僕が音楽の道を選んでいたら、今ごろ日本に住んで、ソフトウェアエンジニアとして働くことはできなかったかもしれない。
前職の同僚のことを思い出す。音楽系学部出身で、物理学の学士号と天文学の修士号まで持っていた。時々、彼がソフトウェアエンジニアに転職したのは、むしろ彼にとって屈辱だったのではないかと考えることがある。学習速度が異常に速くて、僕は思わず、音楽室にこもって一日中集中できる人は、どんな分野でも次元の違う強さを発揮するのではないかと思ってしまう。前職には、開発者でありながらギターがめちゃくちゃうまい人もいた。
僕はこういう人たちが羨ましい。
その後、僕はずっと第一歩を踏み出せなかった理由が、自分自身への批判にあると気づいた。自分の創作を批評の目でしか見られず、そこから楽しさを感じられないなら、創作そのものは極めて苦しいものになる。
僕は初期のころ、ずっと自己満足で弾いていただけで、自分の成果を体系的に録音して聴き返したことがなかった。あとで学生割引を使って Logic Pro を買ったのに、素晴らしいソフトがあるにもかかわらず、一曲たりとも完成させたことがない。
根本的な原因はたぶん二つある。第一に安心感の欠如だ。他人に自分の作品の下手さを聴かれるのが怖い、下手だと言われるのが怖い、ある曲に似ているから盗作だと言われるのが怖い。第二に、趣味と技術の差があまりにも大きいことだ。これは好和弦が昔書いていた記事にも通じる。
原因が分かれば、調整はできる。安全な環境を作って、親しい友人にだけ作品を聴いてもらう。批評される過程を学び、楽しむ。
不思議なことに、最近の仕事でまた音楽背景を持つ友人に出会った。彼はバンドのドラマーで、本業はソフトウェアエンジニアだ。
僕はこれを、「おい、君も音楽をやるべきじゃないか」というサインだと思っている。