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3. 僕の理想の生活と、あの意味のない日常

# キャリア回顧
この記事は中国語から自動翻訳されたものです。翻訳によりニュアンスが失われている場合があります。

今の暮らし方は、すでに僕の理想の生活にかなり近づいている。

2024 年に日本で家を買った。少し衝動的ではあったけれど、住み心地はとても満足している。こんな場所に一生住み続けるのも悪くないと思うし、別に豪邸である必要もない。開発者として安定した会社で働くことで、僕には生活の可能性を探る余裕が生まれた。

それでも、なぜ退職するのか。

今の仕事は僕の理想の生活に合っていないからだ。給料は相対的に高いし、税金も多いけれど(日本は本当に万万税だ)、第一篇で触れたように、それは僕が望んでいる生き方ではない。

1. 30歳で無職になった

それでも僕は、理想の生活にはかなり近いところまで来ていると思う。

集中して仕事ができる部屋があって、日当たりのいいリビングとキッチンがあって、湯船に浸かって日本の住み心地を味わえる。たまには友だちとゲームをして、人生の次の挑戦――フリーランスとして働くこと――を迎え、次の人生の方向を探っていく。音楽をやること、エレキギターを弾くこと、自媒体を運営すること、文章を書くこと、筋トレをすること。これらは五年前の僕にはまったく想像もできなかったことだが、時間が進むにつれてだんだん輪郭がはっきりしてきた。中には偶然のきっかけで始まったものもある。

僕は宇宙に願いたい。もっと面白い友だちに出会えますように。自分が集中したい道を貫けますように。興味のある人や物事をもっとたくさん試せますように。もっと多くの資源と人脈を得て、世界に少しでも貢献できますように。

僕は文章を書くとき、いつもわざと自分の感情を隠している。自分の欲望や感情を表に出すのは、すごくみっともなくて恥ずかしいことみたいに感じて、誰かに批判されるのが怖いのだ。自分の居場所でさえおずおずと振る舞ってしまう。そんな自分が嫌いだ。まるで僕は常に努力し続けなければならないみたいだから。

幼いころから伝統的な華人家庭の毒を受けてきたせいで、自己消耗のループに簡単にはまり込み、抜け出せなくなる。

でも今は違う。僕はみんなに、僕がとても幸せに過ごしていると伝えたい。朝の陽射しを見ると気分がよくなる。早起きして、寒風の中を通勤する学生たちの一団を見ると励まされる。道で、久しぶりに聴くあの歌が耳に入ると、胸がいっぱいになる。裏庭で草を抜いていると、生きているという実感が湧く。

こうした小さな感覚には何の意味もないし、少し滑稽ですらある。でも、それでも僕は君に伝えたい。

まるでキャリア全体を通しても、本当に嬉しかったり感動したりしたのは、何か大きなプロジェクトや機能を完成させたときとは限らなかった。何気なく作った小さなツールが QA の役に立ったこと、上司と Costco へ買い出しに行ったこと、糸島でプリンを食べたこと。同僚たちと牡蠣小屋へ行って、大きくて身の詰まった牡蠣を食べたこと。退職準備をしていた夜中に見知らぬ人がドアを叩いたとき、上司が気にかけてくれたこと。同僚たちと寒い日に博多クリスマスマーケットへ行って話したこと。荷物をまとめ終えたとき、上司が「僕たちを選んでくれてありがとう」と言ってくれたこと。帰り道で、ちょうど僕の退職を知ったばかりの同僚に会い、急いで別れの贈り物を手渡してくれたこと。

僕はあの思い出が本当に、本当に大好きだ。でも当時は、僕は開発者なんだから自分の感情をむやみに表に出すべきじゃない、と必死に自分へ言い聞かせていた。

僕は自分を許した。みんなに僕は君たちがとても好きだと伝えたい。僕は想像していたほど感情表現がうまいわけではないけれど、それでもそう思っている。みんなに僕は元気にやっていると伝えたいし(とはいえ少し不安もある)、限られた注意力をこうした取るに足らないものに向けて、心を込めて生活を感じることは、もしかすると職場の肩書きなんかよりずっと大切なのかもしれない。

生き方は決めた。あとは自分にできることを精一杯やるさ。

できることを一つひとつ、全力でやり切る。