6. 現代の天動説
# キャリア回顧最近、『チ。―地球の運動について―』の漫画を読み終えて、僕は感動しきりだった。舞台は天動説がまだ主流だった時代で、教会の権威による支配のもと、危険を顧みずに地球の運動の真相を追い求める学者たちの物語だ。
あの、軽くても爪を剥がされ、重ければ絞首刑で晒し者にされるような時代に、それでも真理を追い求める人々がいた。その偉大な情熱には、いつも胸を打たれる。
僕たちにとって、地動説がすでに天動説を覆したのは、呼吸や水を飲むのと同じくらい当たり前のことだ。
人類はもう月に行き、宇宙から地球を見ることもできるし、観測機器も計算力も日進月歩で進化している。だからこそ、あの時代に起きたことを改めて考えると、僕はどうしても惜しくなる。一群の優秀な学者が、たったひとつの誤った理論のせいで命を失ったのだから。
僕たちの時代は自由だ。十分な資源と資料があり、文字も音声も映像も、きわめて低コストで保存できる。彼らの時代には、そんなものがどれほど夢に見たものであったか、想像に難くない。
教会の権威はなくなり、表面上は自由になった。だが、それでもこの「天動説」の思考は、至るところに見られる。
生活の中の「天動説」
外国に働きに来ることでも、言語を学ぶことでも、何かの知識を学ぶことでも、この天動説こそが真理だという思考は、相変わらず存在している。
日本は低賃金だ、Webを作るならフロントエンドフレームワークを使うべきだ、コードは clean code の設計パターンに従うべきだ、大企業で働くべきだ、仕事がないやつは負け組だ、試験と点数こそが王道だ――こうした無意味な束縛は、当時の教会のように、地動説と、「自分は底辺にいて罪を背負った凡人だ」という価値観を自分に縛りつける。不都合な道を歩く人間は、みな異端として断罪される。
これらの選択に正解はない。だが、それは他人に押しつけるためのものではない。
さらに恐ろしいのは、あなたが少し典型的ではない道を選んだとき、こうした人々が異端審問官のように姿を変え、あなたを詰問してくることだ。
「なんで日本で働くの?台湾のほうが給料いいじゃん」
「なんで起業するの?儲かるとは限らないし、会社で働いたほうがよくない?」
「それやっても意味ないよ」
「音楽なんて学んだら食いっぱぐれるよ」
こうした先入観の多くは、恐れから来ている。 変化を起こしたら、今持っているものは本当に維持できるのか、自分が信じてきたものが実はすべて嘘だったらどうしよう、他人が自分よりうまく生きていたらどうしよう――そんな恐れだ。
無知でいるのは楽だ。本質を探るのは苦しく、折れそうになる旅であり、ときには真理にたどり着けないことさえある。環境のせいで笑われることもある。だが、世界を変える力は、たいていこの一歩から芽吹く。
家庭の「天動説」
子どものころからさまざまな習い事をさせられ、成績表の点数が低いと殴られ、心に影が残るまで打たれる。真面目に勉強するのは本当に好きだからではなく、親に説教されたくないからだ。子どものころは「大学に入れば自由になる」「社会に出て働けば自由になる」と言われ、いざ社会に出て働き、無事に大企業に入ってみると、思っていたほど華やかではなく、名ばかりで生活や本当にやりたいことを犠牲にしていると気づく。
多くの家庭はいまだに、勉強 → 試験 → 良い大学 → 良い会社に入って高給を得る、そうすれば素晴らしい人生が待っている、という信仰を抱いている。
あらかじめ定義されたルートは、華人家庭が最も好むものであり、僕たちの教育がずっと注ぎ込んできたものでもある。
もし自分自身も洗脳に成功して、この道こそが王道であり真理だと信じ切っているのに、思ったほど順調に進めなければ、出自を嘆き、政府の不公平を嘆き、大きな環境が悪いと嘆き、他人は運がよかっただけだと嘆き始める。そうなれば、みな異端者だ。
技術はすでに、テクノロジーの特異点がもうすぐ訪れるのではないかと思うほど進歩している。それでも、この「天動説」の悲劇は、どの時代でも延々と繰り返されている。
異端者になる
第1話には、こんな場面がある。
「神を否定したいのか?」
「違う。逆だ。神が創造した世界はきっと美しいはずだと信じているからだ」
成長の始まりは、僕たちが固く信じているものを疑うことから来る。
世俗の枠や道徳的な押しつけから抜け出せば、きっと陰口を叩かれ、異端者扱いされる。だが、真理は往々にしてその一歩から始まる。
教会も異端審問官もないこの情報が手に入りやすい時代に、かえって思考を放棄する人はますます増えている。
人生には選択肢が多く、毎回最適解の道を進めるとは限らない。だが、外へ踏み出さなければ、満天の星空に触れる機会を失うし、美しい地動説が世に出ることもなかったかもしれない。
ほんとうにもうどうしようもないのか? それとも、自分で繭を作って閉じこもっているだけなのか?
歴史が教えてくれるのは――世界を変えるのは、決して型通りに生きる人ではないということだ。最も偉大な発見は、現状に疑問を投げかける勇気から生まれる。
あなたが人と違うことこそが、最も尊い。
他人の恐れで、あなたの可能性を縛るな。